来てくれてありがとう
このブログではご紹介していませんでしたが、3週間程前から仔猫を飼い始めておりました。
奈良県内で親猫が育児放棄したのか捨てられたのか、その情報が我が子の友達の家を通じて伝わり我が家で面倒を見るという運びとなり引き取りました。
4匹居たとのことでしたが、一番体の小さいのが残り、我が家にやって来た時は推定生後10日。
子ども達が『ういろう』と名づけてくれました。
本当に小さい子でした。でも抱き上げたら腹の底から力いっぱい声を張り上げミルクを欲しがります。全力で生きようとしていることが伝わってきます。
↓ どうですかこの幼いながらも力強い表情は?
二人の子ども達も喜び、学校から帰ってくるとよくお世話してくれます。
そうこうしている内に3週間近く経ち、標準よりも体重は軽いものの着実に成長していました。
SNSに写真をアップして友だちに「可愛い!」と感想をもらって嬉しくて仕方がなかったり。
他の猫達とも遊ぶようになったら楽しいだろうな。
このまま大きくなってくれるのかなあ、と楽しみにしていたのですが・・・。
昨夜突然息苦しい様子を見せた後に、急死しました。
母乳を飲んでいないから免疫が乏しく抵抗力がなかったのか、気候の変化に付いて行けなかったのか、原因はわかりません。
とにかく生まれてからわずか1ヶ月の生涯を閉じました。
無力感を感じました。
お世話の仕方が間違っていたのか?
そして何よりも我が家に来てくれてたったの3週間でも幸せを感じてくれていたのかな?
自問自答が続きます。
自分に言い聞かせます。
私たち人間がこうして保護しなければきっと梅雨と夏の過酷な気候の中、野垂れ死んでいたに違いない。わずかな間だけでも幸せを感じてくれて、そして何よりも幸せを与えてくれていたんだ、と。
子どもたち、特に小学生の次女にはこう言い聞かせます。
命って本当はこんなに脆いものなんだよ。
人間は医療が発達しているから多くの子どもが死なずに成長できるけど、動物は常に命の危険にさらされているんだ。こうして死んでしまう子もいる。でも人間と違って沢山子が生まれるよね。厳しいことだけども、それは沢山死んでもたとえ少しでも生き残らせるため。
人間も遥か昔はそうだったんだよ。
生きているっていうのは正に奇跡に近いこと。
君が生きているってことも奇跡なんだよ、と。
ういろうちゃんは我が家に幸せをもたらしてくれたうえに、大事なことを死をもって教えてくれたのかも知れない。
来てくれてありがとう、ういろうちゃん。
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